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長野日報新聞「土曜コラム」に掲載中のコラムです。ぜひお読み下さい。

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115 持続的幸福感の増大

快の幸福感

 

3 月の下旬になると全国各地で桜の開花が伝えられる。開花前線は南から徐々に北上し、長野県内には 4 月上旬に達する。県内の桜の名所のひとつに高遠城址公園があり、毎年 25 万人ほどの来園者がある。

ナンバープレートから中京や関東を越えた地域から来る車もある。空が見えないほど桜に覆われた景色は圧巻であり、誰もが感動を覚える。その素晴らしさに多くの人が惹かれて今年も訪れる。視覚により美しいものを見れば誰もが幸せを感じられる。その幸福感を求めてはるばる何時間もかけて訪れる。

 

視覚以外に聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感が高められると幸福感が上昇する。桜の見物と共にソース焼きそばの臭い、祭りを盛り上げる太鼓を聴き、高遠まんじゅうを味わえば、幸福感は更に高まる。

五感による幸福感は欲求の充足と関連がある。自分に有利に働くものは心地よく、安心であるが、悪臭や騒音、痛みなどには不快感を覚える。生理的欲求は人が健康で生き延び、「種の保存」が達成できるよう遺伝子が記憶している。

 

糖分や脂質を好むのは生存する上で重要な栄養素であるが、現代社会では過剰摂取が新たな危険を巻き起こす。糖分や脂質を求めるのは人間の祖先である動物から受け継いだ記憶といわれている。

五感による幸福感は短時間で消滅する傾向がある。空一面の桜を見た感動も家に帰る頃には大分薄れてしまうだろう。そして次ぎなる幸福感を求めて桜前線と共に日本列島を北上していく。

 

同じ桜を見ても全ての人が同様に感動するわけではない。楽観的な人は悲観的な人より感動が大きい。

悲観的な人は面倒くさがりわざわざ桜を見に遠くまで足を運ぶこともないかもしれない。

これから食べようとしているランチやスイーツ、子供の入学式、庭に咲いた福寿草等の画像を SNS にアップする人は多い。五感による幸福感が高まっている(テンションが上がる)状態と思われる。

 

対人関係

 

花見や食事は一人でも楽しめるが、仲間や家族と一緒であれば更に楽しい。自分が得た感動が相手を通じて増幅され、相手の感動が会話を通じて共有できる。

男性より女性の方が対人関係を重視する傾向がある。そのためどこに行くのも連れ立ち、集まる頻度も高いと思われる。男性の場合は仕事を通じた対人関係が中心である。だから退職後の人付き合いは地域の活動などに限定される。

対人関係を通じた幸福感には愛情、感謝、親切が存在する。相手が喜ぶ姿を見るとこちらも嬉しくなる。

 

感謝は相手が自分に何かをしてくれた時に起きる幸福感の現われと思われているが、相手の行為に関わらず感謝することで自分の幸福感を高めることができる。

そのためには自分から相手に親切を提供すればよい。落ち込みふさぎこんでいる時は他人からの親切を待つより、自分から誰かに親切を提供すれば立ち上がりも早く幸福感が得られることになる。

 

反対に対人関係で最も辛い仕打ちが「無視、無関心」である。相手から無視、無関心が発せられれば、自分の存在を確認することが出来ない。これは自分が生存する意味や意義を失うことになる。

インドのカルカッタで貧困と病気に苦しむ人々を助けたマザーテレサは「愛の反対は憎しみではなく無関心である」という言葉を残している。

 

没頭と達成による幸福感

 

何かに夢中になり没頭していると、時間が経つのを忘れてしまうことはないだろうか。仕事、勉強、スポーツ、趣味等において発生する一種の幸福感である。

快の幸福や対人関係においてはその最中に幸福感を得られるが没頭している間は幸せを感じていないことが多い。痛みも苦しみもなく、何も感じていない場合がある。後で気が付いたら没頭し時間が過ぎていたという回想の中で得る幸福感である。これを「フロー状態」といい、スポーツでは「ゾーンに入っている」といわれる。

 

夢中になり没頭することは比較的一人でいることが多いかもしれない。これは自分の強みが目の前に現れる挑戦課題とかみ合う際に生じ易い。創造的な作業を行っているときなどに発生しやすいと思われる。

快の幸福では自分自身が気持ちよくなれば幸せであるので、他人への迷惑など気にしないこともある。

 

アルコールやドラッグなど中毒と名のつくものでテンションを上げることは容易かもしれない。このような一時的で一人はしゃぎの幸福感は覚めた後には寂しさや空しさを感ずることがある。だから繰り返されるのかもしれない。

苦しい受験勉強を中断してゲームに夢中になればその時は幸せかもしれないが、努力の末に合格した時の幸せとは比べようもない。

 

ひとつの事を成し遂げ達成した幸福感は一瞬では消えない。自分の記憶に刻まれ、自信となり長く幸福感に浸ることができる。

 

生き甲斐

 

仕事が生き甲斐という人は多いだろう。特に男性に多いと思われる。

仕事を全て一人で完結することはできない。職場には仲間がいて、取引先や顧客が存在する。多くの人が関係し、互いに助け合いながら進行するので、孤独を味わうことはない。対人関係の幸福感が満たされることになる。

 

また長期間の勤務で熟練者になれば自分の仕事に没頭することも増えてくる。没頭することを企業側も推奨する。熟練に達すれば無駄のない手の動き、思考により作業を進められる。これは単に人が機械のように動く姿とは異なる。

仕事の出来栄えにより、職場の仲間、取引先、顧客等から感謝の言葉や笑顔が寄せられる。これは直接自分の五感を刺激することになるので、幸福感の高揚につながる。さらに自分の仕事が会社を通じて社会とつながっていることを感じることができる。

 

もし自分の仕事が全く無駄な業務で社会悪であったら、得られる幸福感は相当低くなるか、全くないに等しくなる。仕事は勤務先の仲間だけでなく社会に貢献している実感がなければ続けられない。

日本では調和、協調性を重視する傾向が強いので、組織の論理を優先的に考えるが、米国では個人主義から組織や社会の論理を疎かにしがちであるといわれている。

 

生き甲斐は決して仕事そのものから得られる幸福感ではなく、自分の行為が所属する組織、団体を通じて社会に貢献していることが必要である。よって自分勝手な振る舞いで一人快感を覚えるような行為からは生き甲斐は得られない。

 

持続的幸福感

 

友人とのお茶、映画を見る、ゲームなど楽しい活動は一時的に気持ちのよいものだが、束の間の気持ちよさでしかなく長続きはしない。一方人に親切にする、親の面倒をみる、他人を支援するなどの慈善活動は気持ちよさが長続きをする。

幸福というと人それぞれ多様な感じ方、捉え方があり、短時間で消滅する薄っぺらいもののように思えるが、持続的幸福感は厚みも深みも備えているようだ。

 

「持続的幸福感」という言葉はポジティブ心理学で使用されている。米国を中心に研究されているが、日本伝わる儒教の「徳」の考えに近いと思われる。

幸福を追求すると、個人的幸福から社会的幸福に向かっていく。米国では個人と社会の利害が対立するといわれるが、日本では互いに共存しあうので持続的幸福感は高いかもしれない。

 

持続的幸福感を更に高め維持するには、自尊心、楽観性、弾力性、自己決定力、生涯を通じた人間関係が影響する。

生きるためにお金は必要と言われるが、よりよく生きるためには持続的幸福感が上昇するところにお金を使いたい。

 

長野日報土曜コラム 平成 28 年 3 月 26 日掲載

有限会社テヅカプラニング 手塚英雄

 

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